つるつるつらつら。

ボカロ関係で思ったこととかを主に綴ります。

迷い子オルガンは唸る【没食らった劇脚本の供養】

以前、入っている演劇サークルの公演用に提出して多数決の前に屈した脚本です。提出の直前までほとんどできてなくて実質二日ほどで書きました。短い・掘り下げが甘い・説明過多と粗々ですが、暇つぶしにでもどうぞという気持ちで放り投げます。

 

本編

〈登場人物〉

レミー(男):生まれた直後に両親に捨てられ、孤児院も併設している教会の神父エディに引き取られて生活している少年。オルガンを弾くのが大好きだが、本人自体の技量はさほど高くない。

 

エディ(男):キリスト教教会の神父。争い事や面倒事が嫌いな、穏やかそのものといった性格。神父としての力を生かして怨霊や悪魔を祓ったり、孤児院も営んだりと日々あわただしく働いている。

 

オルガン:あるオカマの霊魂が天国にも地獄にも行けずさまよった果てに、居心地のよさそうな教会のパイプオルガンに住み着いた結果、オルガンは感情を持ち喋るようになった。ただし彼女がパイプオルガンに憑依した際に、それまでの記憶が消滅している。

 

 

 

 

 

真夜中。女性の霊魂、下手からピンスポットとともに登場。

 

 

霊魂:死んじゃったのはこの際しょうがないとして、あたしこれからどうすりゃいいのよ・・・これ、いわゆる亡霊ってやつでしょ。さまようのももう飽きたし、しばらくは居れそうなところを探さなきゃよね・・・。

 

   とぼとぼと上手に置いたパイプオルガンのそばまで歩く。

 

霊魂:あら、このパイプオルガンいいかも!よーし、なんだか高級そうだし取り憑いちゃえ。えいっ!

 

パイプオルガンの蓋を開けようとするが、パイプオルガンの持つ謎の力に阻まれて引き離されそうになる。

 

霊魂:せっかく、良さそうなところ見つけたんだから、負けないわよ・・・んぐっ、きゃあ~!

 

    霊魂、悲鳴を上げながらも、強引にパイプオルガンの中へ入り込み、蓋が落ちるように閉まる。

    ピンスポットCO。

 

    明転。

    レミー、上手より眠そうに登場。

    時刻は朝。

 

レミー:ふわぁぁぁ・・・(あくびをする)眠いなぁ。

オルガン:あ、ねえねえそこの坊や。おはよう。

レミー:え⁉どこどこ、誰⁉

オルガン:ここよ、ここ。そしてあたしはただのパイプオルガンよ。

レミー:オ、オルガンが、しゃべった・・・?(後ずさる)

オルガン:警戒しなくていいのに。まあなんであたしがしゃべれるのかとか全然分からないんだけど、怖がらなくても大丈夫だから。たぶん。そのかわいい顔が台無しよ。

レミー:いや、それ余計に怖いよ!・・・でもなんだか悪い人じゃなさそうだから、ま

いいか。よろしくね。オルガン弾くの大好きだし、もうすぐ初めてピアノのコンクールに出るし、これからもたくさんお世話になると思う。(声の調子を落として)コンクール・・・あいつにだけは負けたくない・・・

オルガン:ん?何かあった?

レミー:あっ、いや、なんでもないよ・・・えへっ。改めて、これからよろしくね。

オルガン:ええ、こちらこそよろしくね。じゃあ、まずはあなたのことから聞こうかしら。

レミー:うん、まだ名前も言ってないしね。僕はレミー。産まれてすぐに父さんと母さんに捨てられたみたいで、この教会の神父のエディさんが引き取ってくれたんだ。ここ、孤児院もやってるから。

オルガン:さらっと言うのね・・・ご両親に会いたいとか思ったりしない?

レミー:ぜーんぜん。だって覚えてもいないし。それに、ここでの生活は楽しいから。

オルガン:あなたいい子ね・・・ううっ、ぐすっ(涙声)

レミー:泣くようなことでもないと思うよ⁉って、目も何もないのに泣けるんだね・・・しかも僕のこと見えてるんだよね・・・

オルガン:その上声も聞こえるー!

レミー:ほんっと、色々謎だ・・・まあ考えてもわからない気がするけど。それより、エディさんを呼んでくるよ。まだ挨拶も何もしてないでしょ?

オルガン:ええ、そうね。お願いするわ。

 

    レミー、下手まで歩き、大声でエディを呼ぶ。

 

レミー:エーーディーーさーん!ちょっと礼拝堂まで来てくれませんかー!

 

    エディ、下手から小走りで登場。

 

エディ:そんなどでかい声出さずとも聞こえとるわ!で、なんじゃいったい・・・

レミー:礼拝堂のパイプオルガンがなぜか突然しゃべれるようになってたから、エディさんにも紹介しておかなきゃと思って。

オルガン:どうもー!今日からお世話になるパイプオルガンよー!ちなみに性別はヒ・ミ・ツ♡

エディ:また面妖な感じの奴だのお・・・ん?

 

    エディ、ピアノを覗き込む。

 

レミー:エディさん?どうしました?

オルガン:や~ん、そんな間近から覗き込まれたら、あたし、照れちゃう~!

エディ:・・・はっ、これは!

 

    エディ、飛びのくが後ろ向きに転倒する。

 

エディ:痛たた・・・とにかく、これはいかんのだ!

レミー:いったい、何がいけないんですか?説明をお願いします。

エディ:すまないがそれはできん。あまりにも恐ろしいことである上に、君が聞いたらむしろそのほうが良いと思いそ・・・

オルガン:ねえ、何が起きてるかわからないけど、結局これどうにかできるの⁉私の話だからそれが一番気になるんだけど!

エディ:その点は安心してかまわん。時間は多少かかるが、エクソシストでもあるわしの手で解決できることだから。

オルガン:それならよかった・・・まあ何から助かったのかさえ分かんないけど。

エディ:悪いがそのあたりの事は詮索してくれるな。知らないほうがいい事実もある。これはレミーにも対しても言っているぞ。

レミー:(やや不服そうに)は、はい・・・

エディ:とにかく、わしのほうで穏便にけりをつけておくから気にしないでくれ。ではわしは朝食を作るから。あと早めに寝巻きから着替えるんだぞ、レミー。

 

    エディ、下手へ退場。

 

オルガン:結局何だったの、あれ・・・もしかしてエディさんって案外変わり物だったりするのかしら?

レミー:そんなことはないはずなんだけど。それより、エディさんがさっき言いかけてたことが気になるなー。

オルガン:あら?何か言ってた?

レミー:言ってたね。「君が聞いたらそのほうがいいと思いそう」って。最後のほうはオルガンさんの言葉であまりよく聞こえなかったけど。

オルガン:ふーん、そうだったのね。自分がこれからどうなるかが気になりすぎてさっぱり聞いてなかったわ。・・・それにしても、レミーは得をしそうだけどあまりにも恐ろしい事って、何なんでしょうね?

レミー:うーん・・・(しばらく考える)今考えても答えは出ない気がするし、とりあえずコンクールの練習しようかな。オルガンのことで僕が得をするのなら、恐ろしいことがあっても我慢できる気がするけどね・・・

オルガン:君は本当にオルガンが・・・つまり私が好きなのね。いいわ、お姉さんがいくらでもからかってあげちゃう。

レミー:からかわれるんだ・・・ってそれより、確かにオルガンは大好きだけどそれとこれとは別だよ!

オルガン:うふふっ。もっちろん、ちょっとした冗談よ。まあそれはいいから、早く弾いちゃいなさいよ。話すのは演奏しながらでもできるわよね?

レミー:うん、そうする。

 

    レミー、オルガンのふたを開ける。

    オルガンの上に置いた楽譜を取ってふたの内側に置く。

    椅子に腰かけ、演奏を始める。曲はシューベルト『魔王』。

 

オルガン:ずいぶんと縁起でもない曲を弾くのねー!おまけに教会関係なさそうだから、選曲が少し意外。

レミー:特に意味なんてないよ。教会にこの曲の楽譜が置いてあるから、それだけ。

オルガン:なるほどね。そういえばレミーはなんでオルガン弾くのが好きになったのかしら?

レミー:よく覚えてないんだよね・・・生まれた時からあったから、たぶん自然とだとは思うけど。・・・あれ?

オルガン:何かあった?

レミー:いや、いつもよりずっとうまく弾けてる気がして。なんだかオルガンと一つになってるみたい。

オルガン:普段より集中できてるとか?それとも、もしかしてあたしパワーだったりしちゃう?原理はさっぱりわかんないけど!

レミー:割と真面目にオルガンさんパワーだったりしちゃうかもしれない。僕は普段通り弾いてるだけだし、今日突然ってことは、タイミング的にそれはあり得ると思う。

オルガン:だとしたら、私ってすごいのね。やるぅ!レミーは私に感謝することね。

レミー:うん、本当にありがとう!おかげでコンクールでもいい成績が取れそうだよ。

オルガン:そういえばちょっと前に言ってた気もするけど、コンクールってどんな感じなの?

レミー:三週間後くらいにここでやるんだ。小さなコンクールだけど、ちょっとどうしても負けられなくて。

オルガン:何?ライバルとかそんな感じ?

レミー:ライバルというよりは・・・見返してやりたい、って感じかな。近所に住んでる同い年のロイクってやつがガキ大将で、おとなしいからってしょっちゅう陰でいじめられてるんだ。池に突き落とされたこともある。そいつもオルガンやっててしかも僕よりうまいから、このコンクールで勝ってこれ以上ちょっかいをかけられないようにしてやりたいんだ!

 

    レミー、演奏を止める。

 

オルガン:そういうことが・・・でも、私の力を借りてそのユーゴって子に勝っても、それはインチキだってことはわかってるわよね?

レミー:それは、もちろん。でも、これは自分を守るためだからしょうがないんだ。悪い事じゃないんだ。それにコンクールでこのオルガンを使うのは前から決まってたことだし、僕がわざとインチキをしようとしたわけじゃない。・・・使う予定のオルガンが、そのつもりもなく偶然僕に力をくれただけ。(震えた声で)・・・ね?何も、悪い事なんて・・・してないでしょ?

 

    オルガン、沈黙。

 

レミー:・・・そうだと言ってよ。僕には、他の方法なんて思いつかなかったんだから。

オルガン:確かに、レミーの気持ちはあたしにもわかる気がするわ。でも、そうやって自分にうそをつき続けて大丈夫だって言い張っても、きっといつか天罰が下るんじゃないかしら。これはオカマの勘よ。当たる確率はなんとっ、驚異の50パーセント!

レミー:それ、ただの当てずっぽう・・・でもオルガンさんの言うとおりだよ。自分が悪いことをしようとしているって、よーくわかってる。でも僕は、天罰を受けるのは覚悟でインチキしちゃおうと思ってる。今のままロイクの暴力に耐えているのは、もう、限界なんだ。

オルガン:わかったわ。あたしには止められる気がしないからもう止めないけど、認めもしていないからね。そこんとこ、よろしく。

レミー:・・・ごめんね。きっとエディさんの言ってた「恐ろしい事」が僕への天罰になるんだろうなと思うから、逃げずに恐ろしい目に遭うことにするよ。・・・あっ。

 

    レミー、舞台中央奥の上側を見つめる。

 

レミー:時計見てなかった!もう着替えてこなきゃ!・・・また後でね!

 

    レミー、慌てながら楽譜やオルガンの蓋などを元のように戻し、足早に下手へと退場。

    暗転。

 

    明転。

    エディ、木の杖を手にして下手より登場。暗転前のシーンから5日ほど経過。

 

エディ:そこのオルガン・・・いや、オルガンに憑依している亡霊よ。こんな夜分にすまないが、話がある。

オルガン:え?亡霊⁉ど、どういう・・・なんかよくわかんないけど、その様子だと、結構重大な感じの用事だったり?

エディ:そうだとも。君の存在にかかわることだ。

オルガン:存在・・・存在・・・あっ、もしかして私を始末しようとしてるわけ?

エディ:断じて始末などではない。これは悪霊払いだ。図らずして黒幕のような立ち振る舞いになってしまっているのは自覚済みだが、わしは一人の聖職者である。イエス様に背くような真似はせんよ。

オルガン:・・・りょーかい。まあ、一番聞きたいのはあたしはいったい何なのかってことなのよね。どうもあなたにはわかっているみたいだから。

エディ:よかろう。隠し通すつもりだったが気が変わったんでな。自分の根源にまつわることを素性のよくわからん老人だけが知っているなどというのは、たいそう気持ち悪かろうし。――結論から言えば、君は亡霊だ。それも、天国と地獄のどちらにも行けずじまいで、この世をさまようしかなくなった亡霊だ。

オルガン:じゃあ私はもともと人間で、何の変哲もないオルガンに突然感情と言葉が芽生えたというわけではないのね?

エディ:ああ、それは違う。ここからは推測だが、君は亡霊としてゆく当てもなくこの世をさまよった果てに、この教会のパイプオルガンを見つけて憑依したということではなかろうかと私は考える。

オルガン:なるほど・・・でも、ちょうどいい場所を見つけたから取り憑いたというだけでなぜ恐ろしいことになるの?それと私がオルガンに取り憑く前の記憶がひとつもないのはどうして?

エディ:まず前提として、天国にも地獄にも送られない可能性のある魂というのは、生前の行いが「どちらかと言えばやや悪人寄りだが、根は善人で仕方なく軽微な罪に手を染めた」と判断されたものである。こういった者は、死者を天国と地獄のどちらに送るかを決定する審判役が答えを出しかねて、審判を放棄される場合がまれにあるのだ。

オルガン:どっちに送るか決められなかったから、お前は亡霊としてだが現世におれ、ということ?

エディ:左様。で、そのさまようことになった亡霊は本来現世にいてはならぬものである上、生前の行いだけで判断すればやや悪人寄りであるため、悪霊の分類になる。そんなものが現世の物品などに取り憑いてしまえば、その取り憑かれたものは悪に蝕まれ、次第に調子が悪くなっていき、しまいには辺りに邪気を撒き散らすこととなる。そして、その邪気によって、そのものなどを日ごろから使っている人のみならず、その人の周りにいる人まで侵されて、最悪の場合は死に至る可能性がある。

オルガン:どこまでもひどい話ね・・・

エディ:まあここまでが通常の場合なのだが、今回は少し勝手が違うようでな。結論から言えば、君がオルガンに憑依するまでの記憶がないのは、このオルガンが教会という聖なる力が強く集まる場所にあるため、その力を吸収したことによって、悪霊である君が憑依してこようとした際に対抗したからだろう。君はかろうじてオルガンに憑依することに成功したが、強い聖なる力を受けたことによって脳機能に損傷を負い記憶喪失になったと見える。

オルガン:なんという教会パワー・・・あれ、大体のことはわかったけど、そういや私が憑依してからレミーのオルガンの腕が上達したって話、この件と関係あるのかしら?

エディ:関係大有りだ。今もオルガンの中では聖なる力と悪霊の邪気が衝突、そして拮抗しており、それによって光と闇の混ざり合った強大な気が生まれ、オルガンの一番の愛用者であるレミーは、邪気が多く含まれているそれを大量に浴びているという話だ。・・・ほかに聞きたいことはないかね?

オルガン:ええ、もうないわね。教えてくれてどうもありがと。

エディ:・・・では、悪霊を払ってよき存在へと変え、天国に送る儀式を始めよう。

オルガン:あっ天国に行けるのね⁉ありがとう、愛してるわ!

エディ:ええぃ黙っとれ!・・・で、一度では君を払えないため、何度かに分けて行う。――ゆくぞ。

 

    エディ、杖を回転させながらさまざまな方向へ振り回す。同時に、呪文を唱え  始める。

 

エディ:罪なき民の持てる貴き品を蝕む悪しき御魂よ、神の子イエス様のお教えとお力を伝えし我の清らかなる力をもって清め給え!

オルガン:ひえ~っ!

 

    エディ、詠唱が終わると同時に、杖で床を強く突く。

    そして脱力し、杖を支えにふらふらと立つ。

 

エディ:(かすれた声音で)歳だろうか、一回でずいぶんと力が抜けてしまうわい。

オルガン:お疲れ様、ゆっくりお休みなさい。お年寄りは早い時間に寝るものよ。

エディ:気遣い助かる。万全の状態でないとうまく払えそうにないのでな、次は4,5日後になりそうじゃ。ではな。

 

    エディ、ゆらゆらと下手へ退場しようとする。

 

オルガン:あ、待って!聞きたいことをひとつ忘れてたわ!

エディ:いったい何じゃ。手短に頼みたい。

オルガン:・・・レミーには、このこと言わないほうがいい?

エディ:何があろうとも言わないようにお願い申し上げる。・・・レミーがいじめっ子を見返すためにコンクールでその子に勝とうとしていること、そのために今の状態のオルガンを利用しようとしていること、わしが止めようとしても聞くはずがないこと、すべて知っておる。だからこそ、あの子にはこれ以上何も悟らせないまま、かりそめの言葉でなだめて真実に気づかせないまま、穏便に事を終わらせたいんだ。どうか、協力してはくれまいか。・・・わしには、これ以外の方法など思いつかなかったのだ。

オルガン:エディさん・・・ええ、了解するわ。

エディ:では、今度こそわしは寝る。よい夢を。

オルガン:お休みなさい。

 

    エディ、上手に退場。    

 

オルガン:これ、両方に味方しなきゃいけない感じ?・・・どっちもいい子でいい人だし、

まあ構わないんだけど、ちょっと面倒だわね。

 

    暗転。

 

    明転。レミーがオルガンを弾いている。

    曲はブルグミュラー『素直な心』。

    コンクール五日前。

 

レミー:この曲『馬鹿』って題名なんだけど、遠い東のほうにあるニホンって国だと『素直な心』って訳されてるんだって。同じ曲なのに意味が全然違ってて面白いよね。

オルガン:へえーっ。確かに、面白いわね。・・・あっ、ちょっと思いついたから聞くけど、レミーはこの曲、どっちの題名が合ってると思う?

レミー:きれいな曲だから『素直な心』のほうが合ってる気がするけど、この曲を作った人が『馬鹿』って付けたのならその理由があるはずだよね・・・うーん、じゃあ、そういうオルガンさんはどう思ってるの?

オルガン:そのままの意味で、素直でいるのは馬鹿なことだって言いたい・・・とか?それとも、表面だけ素直できれいな感じにしてて実はろくでもない奴が、一番馬鹿だ・・・とか?いや、さすがに飛躍しすぎね。まあ作曲者じゃないからわからないし、どっちとも取れるってことでいいんじゃないのー?

レミー:あーっ、答え出さずに上手く逃げようとしてる!ずるい!

オルガン:これが賢い大人の生き方よ。

レミー:そんなのが大人なら、僕もうずっと子供のままでいいかも・・・あれ?

 

    演奏が止まる。

 

オルガン:あら、何かしら?

レミー:なんだか音がおかしい気がして。前に調律師さんが来てからそこまで経ってないんだけどなあ。

オルガン:ぎくっ。・・・き、気のせいよ。

レミー:その「ぎくっ」って、何・・・?

オルガン:ぎくぎくっ。・・・ともかく、このすごーく立派で美しいオルガン姉さんにそん

なおかしなことが起こったりするはずはないの。わかる?

レミー:もちろん、わかってるよー(棒読み気味に)

オルガン:そうよねー!じゃあ、演奏の続きを始めましょ?気分転換で弾いてるんだったら、そういう妙なことは考えずに弾くものよ。

レミー:なんだかうまく丸め込まれた気がするけど、気にしないでおこーっと・・・じゃあ、続きからね。

オルガン:ええ、どうぞ。

 

    演奏が再開される。

   『素直な心』を先ほど止めたところから流す。

 

オルガン:そういえば、なんだかオルガン上手くなってない?私のパワーとは関係なく。

レミー:今までよりも練習頑張ってるからね。もしオルガンさんの力が何かの理由でうまく出なくても、何とかできるようにって。あいつに負けたらどんなことになるか、わからないから。

オルガン:それなら自分の実力だけで、って言っても、聞かないわよね・・・

レミー:うん、絶対に聞かない。オルガンさんが止めてきても、大好きなエディさんが止めてきたとしても、ぜーったい。それに、これでロイクに勝てばもうこれまで通りオルガンを楽しんで弾くから。悪いことするのは、このためだけだから。・・・だから、だから・・・

 

    弾き方がだんだん弱々しくなり、演奏が止まる。

   『素直な心』FO。

 

レミー:簡単めな曲弾いて気分転換しよっかなーとか思ったけど。全然気分転換になってないなあ。

オルガン:きっとレミーには悪役の素質がないのよ。覚悟が決まっていればそんなことに

はならないはずだわ。

レミー:そうかもね。でも僕はあきらめないよ。確かに悩んでたりはするけど、もうすぐ本番だから早く吹っ切れなきゃ。

オルガン:意志が強いんだか弱いんだか。まあ、今日はもう練習なんてせずにゆっくり休んだほうがいいんじゃない?いい演奏はいい気分からってよく言うでしょ?

レミー:聞いたことないけど、そうかもね。

オルガン:そうかもじゃなくて、そうなのよ。

レミー:はいはい。でも今日は早く寝たほうがいいって言うのは正解だと思う。じゃあ、また明日ね。

オルガン:ええ、明日は元気な顔で来ること、いいわね?

レミー:うん、わかった。

    

レミー、上手へ退場。

 

オルガン:頑張りなさいよ、かわいい意気地なしさん。

 

    暗転。

    エディ、上手から登場。

    コンクール本番当日。

 

エディ:もう本番とは、早いな・・・では、最後に今日の予定の確認をするぞ。

オルガン:ええ。これまでの四回の悪霊払いでほとんど浄化できたけど、レミーが本番に挑むときに違和感を覚えにくいように、完全には払わないでいるのよね。

エディ:であるからして、レミーの演奏が終わるのに合わせて、コンクールの司会進行を務めるわしが拍手などに紛れて悪霊払いを行うという手はずだ。いいな。

オルガン:大丈夫よ。では、よろしくね。・・・それから、さようなら。ここでの生活は結構楽しかったわ。直接言えないのが心残りだけど、レミーに今までありがとうと伝えてほしい。

エディ:こちらこそ、子どもたちの相手をしてくれてありがたかった。ではな。天国に行ってからも、達者でな。 

 

    エディ、下手へ退場。

 

オルガン:これでいよいよ天国行きね・・・!もし審判役とかいうのに会えたら、あたしのオカマパワーでとっちめてやるんだから!

    

    暗転。

 

 

 

    下手奥側にいるエディにスポット。

 

エディ:続きまして11番、レミー・べニックス君です。

    

    スポットCO。

    同時に、レミー、楽譜を手にしてピンスポットとともに下手より登場。拍手の音。

    舞台中央で一度止まって客席に向き直り、深く一礼。

    オルガンの前まで行ったところで、オルガンをやさしくなでてから楽譜をセットし、『魔王』を弾き始める。

 

    しばらくして、オルガンの音量が露骨に不安定になり始める。レミーの弾き方も異常に激しい。

    ホリゾントライト(薄紫)FI。

 

エディ:これは、もしや天罰が・・・いかん!

 

    客席がざわめき始めたところで、エディは慌てて悪霊払いを始めようとする。

    ホリゾントライトを暗い紫色にする。

 

エディ:罪なき民の・・・うっ!

 

    エディ、邪気を浴びて倒れこみ、腹を抑えてうめく。

    その直後、レミーがとうとう絶叫を上げて椅子から転げ落ちる。

    『魔王』CO。

 

エディ:う・・・うぐっ・・・レミー・・・

 

    客席にいた人々が逃げ惑う際の叫び声と、地響きのような足音。

    それらがやがて止んだころ、エディが何とか起き上がって動かないレミーのも      とへ歩き、肩を抱きしめて揺する。

 

エディ:レミーーー!レミーーーーー!息はあるか!わしの聖職者としての力をすべてささげてやるから、目を覚ませ、レミーーーーー!

オルガン:ねえ、それよりあたしはどうなるの!早く天国行きたいのよ! 

 

    ピンスポットCO。 

    強風の音と、不気味な低い笑い声。閉幕。  

   

 

 

 

    

 

 

過去を慈しむ灯のもとに【滲音かこいちゃん誕生日お祝い短編】

前書き

4日も遅刻してしまいましたが、UTAU滲音かこいちゃんの誕生日(1/22)を記念して短編を書きました。公式設定ではない「うちの子設定」とでも呼ぶべきものが大盛りになっておりますこと、予めご理解いただけたらと存じます。以下、全9347字、うちのかこいちゃんと私による1月22日のお話です。

※本文中に出てくる「僕」=ブログ主の名前は本名ではありません。ペンネームです。

本文

 肌寒い冬の朝っぱらから、自転車を漕ぎに漕いでスーパーや1oo均を回る。当然きついものがあるけど、貧乏学生にはこれしか移動手段がない。何よりこの買物は、愛すべき不思議な同居人のためなのだから、多少の疲労など構やしない。
……今日はごちそうだ。あの子はどれくらい喜んでくれるだろうか。中身の詰まったレジ袋の重みをひしひしと感じながら、家路を急ぐ。



両手にレジ袋をぶら下げた状態で、何とか寮の自分の部屋に足を踏み入れる。なぜか地上1メートルほどの高さでふわふわ空中浮遊している同居人の少女が、こちらを軽く振り返って迎えてくれた。

「ともや、おかえり」
「ただいま」

どこか機械的ながらも、透き通るようなウィスパーボイス。ただしけだるげでそっけない。そのそっけなさを態度でも表そうとしているかのように、彼女は一言おかえりを言っただけで、こっちに向いていた首を戻した。暗めの黄緑色をしたロングヘアが、さらりと横に流れる。
 どこか掴みどころのない印象のあるこの少女の名は、滲音かこいちゃん。UTAUという音声合成ツールのライブラリの一つで、二次元上の存在……のはずなんだけど、どういうわけか半年ほど前のある日、講義から帰ってきたら部屋の中に彼女がいた。本人の弁によれば、

「わたしみたいな、音声合成ツールのライブラリは……ご、ごくたまに、その子のことを心の底から、あ、愛しているマスターのところに、実体を持って現れることがあるん、だって」

ということらしい。たどたどしくも愛らしく話してくれた。
原理などはどこまで行っても謎だけど、そんなことはこの際どうでもいい。機械と人間の間を自由にたゆたうような声とその姿に惹かれ、彼女に歌ってもらいたいがためにDTMを始めて悪戦苦闘していたあの日々に感謝し、この子とともに生きていくだけだ。
……もともと余裕がなかった懐事情がいっそうきつくなったことだけは、あまりどうでもよくないけど。そろそろバイト先を今より稼げるところに変えないとな。

おっと、つい思考がどんよりしてしまった。今日はかこいちゃんが初めて世に出た日、つまり誕生日。楽しく祝ってやらなければ。
早速準備に取り掛かろうと、手に提げたままになっていた買物袋を下ろして中のものを取り出す。そのほとんどは食材と飾り付けのためのグッズ。改めてそれらを見ると、夜が楽しみでつい鼻歌を歌ってしまう。自分が動画投稿サイトに上げた2作目の、エレクトロニカ要素があるバラードだ。今振り返るとつたない部分も多い。でも、こうして歌っていると心地よい気分になってくる。
 上機嫌で鼻歌を奏でながら買ってきたものの整理をするいい年の大学生がよほど奇怪に映ったのか、いつの間にかこちらを見ていたかこいちゃんがおずおずと話しかけてくる。彼女が肌の上から一枚だけ羽織っているふわふわポンチョが、ひらりと軽く揺れた。

「……何か、いい事でもあった?」
「まあね。どちらかというといいことがあるのはかこいちゃんな気もするけど」
「んぅ?」
「「なんだろうね。今は教えてあげない」
「……へんなの」

元が画面とスピーカー越しの存在であるかこいちゃんは、おそらく自分の誕生日について関心がない。それどころか把握しているかも怪しい。何しろ僕の前に現れた当初は、人間社会の基礎的なこともほとんど知らなかったくらいだ。
だから今日は、誕生日というものが人間にとってどのような意味を持つのか、夕飯とデザートを通して少しでも伝えられたら。
彼女の頭上で月や星と共にゆっくり回っているみかんを手に取り、黙々と食べ始めるかこいちゃんをそっと見つめながら、改めてそう思った。

そうして見ていると、かこいちゃんのすぐ上でポンッ!と小気味よい音がして、先ほど彼女自身が取ったはずのみかんが復活する。同時に、音にびくっとした彼女の体が軽く跳ねた。幾度も聞いてきてるはずなのになぁ。そういうところも愛らしかったりするんだけど。
何だかそれだけで気分が軽やかになったので、さっきよりも買ってきたものの整理がすいすいと進んだ。



デザートを作って冷蔵庫に放り込んだので、次はシーザーサラダに使うミニトマトを半分に切っていく。普段は『おいしけりゃいい』の精神でいるので見た目に気を配ることはほとんどないけど、今日ばかりはそれじゃ自分の気が済まない。ミニトマトを切る、それだけの動作にも慎重さを。でも時間のかけすぎには注意。
そう脳内で何度も復唱しながら他の野菜も切っていく。冬の補食室は寒いので包丁を持つ手が震えるけど、お構いなしにトントンと。
それが終わるとほぼ同時に、今日のメインディッシュ、手羽先のタンドリーチキンがフライパン上でこんがり焼き上がった。中までしっかりと火が通り、食欲を掻き立てるいいにおいを発している。最後にそれらしく焦げ目をつけるため、皮目のほうを強火で少しだけ焼いた。
それから作っておいたミネストローネやエビピラフも見栄えがするように盛り付け、部屋まで持っていく。もしこの後使う人がいたら申し訳ないけど、片付けは食べてからで勘弁してもらおう。



一人用のこたつに二人分の料理を並べると、それだけでテーブルの大半が埋まってしまう。最初はドライフラワーでも置こうかと思っていたけど、やめておいて正解だった気がする。そんな感じでいっぱいに並べた自作の夕飯は、今すぐ器を手に取って食べてしまいたいほど、自分にしてはおいしそうにできていた。
でも食べ始めるのはもう少しだけ先。今日の主役が返ってくるまで待たないと。
かこいちゃんを最大限驚かせるため、あの子はサークルの同期の女子の部屋に預かってもらったのだ。電話でそうしてもいいか尋ねたところ、即答で「もちろんいいよ!」と帰ってきた。彼女の愛らしい不思議ちゃんなところが大学の同期女子にウケているようなので、都合さえ合えば引き受けてくれるだろうとは思っていた。だけど、それにしてもあそこまで快諾されるとは少しばかり予想外で。愛されていて結構なことだと、親のような、はたまたペットの飼い主のような感想を抱いた。
……まあ、僕のかこいちゃんに対してのかわいがり方は愛玩動物へのそれに近いという自覚があるけれど。それでも、対等な立場でいたいし、そういようと努力している。

そんなことをぼんやり考えていると、部屋の扉が開い……

「ひゃっ」

あ、静電気浴びたな。元が機械のようなものだからかは知らないけど、かこいちゃんは普通の人よりも静電気を怖がっている。
顔をわずかにゆがめて珍しく感情表現をしながら、彼女は外から戻ってきた。満面の笑みで出迎えてやる。

「……ただいま」
「おかえり。今日の夕飯はごちそうだよ」
「朝の鼻歌も、そうだけど……何か、いいことあった?それに、壁とかも、飾りつけしてある」

マスキングテープやリボン、折り紙、モビールなんかで一面彩られた壁を見れば、驚くのも無理はないと思う。見た目はそれなりに派手だけど、費用は6~700円ほど。神様仏様100均様。
でもそれより、今大事なのは眼前にある夕飯なわけで。

「まあまあ、早く座って。冷める前に食べような」

まだ状況が分かっていないかこいちゃんを軽くせかして、いつもより豪華な食事の並ぶこたつに座らせる。
僕もいそいそと足を入れて食べる姿勢になるけど、何しろ一人用のこたつだからどうしてもお互いの足が触れ合う。でも全然それで構わない。いつものことだし、それにもうとっくに家族の一員だと思っているから。
かこいちゃんの体温が自分の心臓にも伝わってきているかのように、ほんのりと暖かい気分になりながら、僕は彼女に、ちょっぴり豪華な夕飯と装飾のわけを話し始めた。

「いただきますの前に言わなきゃいけないことが一つ。……かこいちゃん、お誕生日おめでとう。この場合のお誕生日とは、かこいちゃんが初めて世に出た日のことね」
「……そうだったんだ。ありがとう。誕生日って何が嬉しいのかよくわかってないんだけど」

やっぱりそこから説明しなきゃいけないか。
食べながら話すことにしよう。いい加減腹が減って仕方ない。

「まずはいただきますしようか。それから話すよ」
「うん。あったかいほうが、おいしい。……じゃ、せーのっ」
『いただきます』

ポンと小さく、二つの音が部屋にこだまする。そこから間髪を入れずに、僕とかこいちゃんは夕飯をもしゃもしゃ食べ始めた。空腹なのはお互い様なようで。
 味見をしていたからある程度はわかっていたけど、見た目だけではなく味のほうも、僕の中では会心の出来だった。
かこいちゃんも満足げだ。スプーンとフォークを動かす手が早い。もし彼女がもう二本ある手も使えば、たちまち跡形もなくなるんじゃというほどの勢いだ。「ほかの人と違うから恥ずかしい」という理由で、普段はポンチョの下に隠して見えないようにしてるようだから、もちろん仮定の話だけど。

そうして二人ともあらかた食べ終わったころ、話すと言っていたことがまだだったのを思い出した。やっぱり食欲の力はすべてにおいて優先されるなあとか思いながら口を開く。

「誕生日の話なんだけど、あれには大切な意義があるんだ」
「意義……もしかして、人からプレゼントをもらえるって、こと? そういえば、前にどこかで、そんな話聞いたような、気がする」

「それも間違ってはないけど、そこまで大切ではないかな。誕生日はね……今まで毎日毎日生活を積み重ねてきたことを改めて意識し、それを振り返ることで、過去があるからこそこうして今を生きていて、未来を描くこともできる。そんな言ってみれば当たり前のことに気づき、ここまで育ててくれた親や友人たちに感謝する、そんな日だと僕は思う」

これはちょっとばかし綺麗事だ。僕もそんなに立派な意識で毎年の誕生日を過ごせているわけではない。でも、二次元というある種別世界のようなところからやってきた無垢な彼女には、少しでも美しい世界を見せてやりたい。よこしまな感情に染まらないでいてほしい。多少は現実やルールも見せていかなければならないけど、それでも、やっぱり。
……もしいつか彼女が汚い現実に遭遇してしまう時が来るのなら、その時はどうにかして責任を取らなければ。そうならないように尽力するけども。

「なるほどって、思うこと、言ってたのに。どうして、そんな顔してるの?」

少し後ろめたい気分でうつむきがちになっている僕を、かこいちゃんが上目遣いで覗き込んでいた。

「……何でもないよ。それより、なるほどって思ったんだ……ありがとう」

ごまかし15%・嬉しさ85%くらいの笑みを浮かべて会話の続きを促す。

「UTAUと、して、のわたしを大好きでいてくれる人、歌わせてくれる人……そんな人たちがいてくれたから、私、ここまで、来れたんだなって。愛してくれる人が、いるんだなって」
短文での会話が多い口下手な彼女の、熱のこもった長い語り。一言一句聞き漏らさず脳内に刻み付けるため、耳を澄ます。
暖房の駆動音とかこいちゃんのささやき声だけが、狭いこの部屋を満たしている。

「向こうの世界にいたときは、自分のことも何にも、知らなかった。自分がいるっていう、意識もね、ほとんどなかった。決まった自分が、いっ、な……いないから。それぞれの曲ごと、絵ごとの私が、いるだけで。でも、こっちに来てからは、色んなことを知って、考えたりするようになって……たとえば、おなじ滲音かこいでも『わたし』と『よそのわたし』が……ね、いることがわかったり、とか。世界ってとても広くて、嫌なこともたくさん、たくさんあるけど、愛がいっぱいなんだね。……まだつづくよ」

そこまで言い終わったところで、一息つくかこいちゃん。緊張していたのか、彼女の体からふっと力が抜けた。
軽く伸びをしてから首を両方向に一度ずつぐるっと回してリラックスし、小さな同居人さんは再び言葉を紡ぎだした。

「わたしをこの世界に連れ出して、そうやっ、て、世界の広さとかいろいろ、見せたり教えたりして、くれたこと。それから……ね、結構忙しそう、なのに、わたしのことを一生懸命に考えてくれて、優しく育ててくれたこと。……本当に、ありがとう。私はもともと機械みたいなものだったから、これからも人間とうまくいかないことあるかもしれないけど……それでも、これからもよろしくおねがいします」

一息に全部言い終えたかこいちゃんが、こちらに向かってお辞儀をした。そのせいで、まだ中身が少し残っているミネストローネの器に彼女のさらさらな緑髪が触れそうになっていたので、僕は慌ててそれを掻き上げた。

「ほら、周り見ないと危ないよ」
「あっ……ごめんなさい」
 
かこいちゃんの前髪を持ち上げたままの状態で、柔らかくほんのりとだけたしなめておく。
かこいちゃんはもう顔を上げたので、本来ならもう手を放すべきだ。こうやって近すぎず遠すぎない触れ方をしているのが心地よかったし、何よりさっきの彼女の言葉が心底嬉しかった。だからその後しばらくの間、感謝と親愛の意を込めて、かこいちゃんの髪の毛を梳いたりつまんだりさせてもらった。彼女もまんざらではなかったのか、頭上の星たちが体感で普段の倍ほど早く回っていたように思う。時々こちらの頬をつついたり、僕の髪に手を伸ばしてきたりも。

「んむぅー」

たまに形容しがたい唸り声のようなものを上げているのも、愛しかった。

ひとしきりじゃれたところで、今度は言葉でも感謝の念を伝えることにする。

「かこいちゃん、こちらこそこの世界に来てくれて本当にありがとう。かこいちゃんのおかげで、人間と機械のこととか作曲のこととか、より深く考えられるようになった。それに、一緒に暮らし始めて、毎日が楽しくなった。辛いことがあっても、めげるのはほどほどにして前に進まなきゃって思えるようになった。一緒に生きていく人が、できたから。いつも迷惑かけたり愚痴とか悩み聴いてもらったりしてる、頼りない人間だけど……これからもよろしくね」
「うんっ」

こうやって面と向かって言うのは案外勇気のいることだけど、今の暖かい心持ちが味わえるのならいくらでも勇気を振り絞ってやる。そう思えた。

そんな風に戯れたり思いを伝えあったりしているうちに、わずかに残っていた夕飯が冷めかけてしまっていたので、慌てて完食する。

『ごちそうさまでした』

それからかこいちゃんと一緒に食器を補食室のシンクに運んで、代わりにデザートとその取り皿、フォークを用意した。

「これ、ともやが作ったの?」
「その通り。お兄さんちょっと頑張りました」

僕が作ったのは、かこいちゃんの頭上から収穫したみかんをふんだんに使った、小さなホールケーキ。スポンジ記事を作れる炊飯器さまさまという感じだ。エビピラフにも当然炊飯器は使うので、今日の夕飯は外食するという友人に、スポンジ記事用の分の炊飯器を一晩貸してもらうよう頼んだかいがあった。

早速食べたいところだけど、その前に食事関連のものを入れている棚から、着火ライターとともにケーキ用ろうそくを取り出して、ある形になるようケーキに突き刺していく。

「く……クエスチョンマーク?」

かこいちゃんは僕がなぜそうしたかわかっていない。頭の中にもクエスチョンマークが浮かんでいることだろう。

「かこいちゃんの年齢設定って、『?』になってるじゃん。それと、かこいちゃん曲の中でもかなり知名度の高いあの曲からってのもある」
「あ、そっか。……私、何歳なのかな。そもそも、歳、取るの?」
「残念だけどそれは生みの親さんしか知らないだろうし、もしかしたらその人自身も決めてないかもね。……取るのかなあ」

それは前から少しだけ抱いていた謎で、僕はちょっと考え込んでしまう。

「……わたし、きっと人間じゃないから。歳取らないのかも。……いつか、ともやに先立たれちゃうってこと、なのか、な」

自分は人間でありたい、と主張するかのように、かこいちゃんの目尻に液体が滲み始めた。顔だけはいつもの無表情なかこいちゃんだけど、声からもひどい落ち込みが感じられる。

――僕はたまらず、かこいちゃんの華奢な肩に正面から両手を乗せた。これ以上、彼女の弱った姿を見たくない。

「自分で考えて、悩んで、行動して……それができてるんだから、かこいちゃんは人間だよ。人と少しだけ体の一部が違っていても、もともとが二次元世界のライブラリでも、そこさえ確かなら……ね」
「そう……うん、そうだ。わたし、だいじょうぶ、にんげん。でも急に悲しく、なって、心配させて……ごめんね」
「気にしない気にしない。かこいちゃんが元気でいてくれたら、それでいいから。じゃ、いい加減食べるか。着火ライターどーん」

一つずつろうそくに点火していく。ライターの着火音がカチカチとなり、そのたびに小さな明かりが増える。やがてすべてに灯し終えたところで、部屋の端まで言って消灯すると――

「……きれい」

こたつテーブルの上に、赤橙色の『?』が揺らめいている。ささやかながらも安心感を感じる、そんな灯火だ。その一つ一つに、これまでかこいちゃんと過ごしてきた日々の風景が映し出されているのを見た気がして、心臓の奥底に愛しさが熱を持ったような感覚を抱いた。

そして、お約束の儀式の前にまだもう一段階。
背後の勉強机の上で鎮座しているノートPC。それにインストールしているDAWソフトで、これから歌う曲のピアノ伴奏と軽く調声したボーカルだけのトラックを製作しておいた。
PCとソフトは起動してあるので、あとはトラックを再生するだけ。

「いくよー」

再生。幾度も聞いてきたあのメロディーが流れだしたので、精一杯歌う。僕が調声した音声ライブラリのほうのかこいちゃんとともに、目の前にいるかこいちゃんへ向けて、歌う。
「ハッピバースデートゥーユー ハッピバースデートゥーユー♪ ハッピバースデーディアかこいちゃーん(わーたしー)♪ ハ~ッピバ~スデ~トゥ~ユ~♪」

曲が終わると同時に、かこいちゃんが大きく息を吸って、ろうそくにすーっと息を吹きかけた。一回できれいに全部消え、かこいちゃんの顔がおぼろげにしか見えなくなる。
そして、歌い終わったことで湧き上がってくる妙な感慨。気分が高まって、最後のほうは謎にビブラートをかけまくった。歌はどうにも下手だけど、それでも伝えられるものはあるはずだ。――この子に、届いただろうか。
そんな心配をよそに、かこいちゃんが見たこともないほど明確にくすくす笑っている。

「なんか愉快なとこでもあったかな?」」
「わたしじゃないわたしが『わーたしー♪』って、歌ってるのが、なんだかおかしくて。それで、笑っちゃった、の」

確かに、はたから見たらシュールかもしれない。もちろん楽しいけど。それに、かこいちゃんが笑う顔が見れたんだから、きっとこれで正解。
そして何か届けられたはず。信じよう。

「素敵な笑顔だったよ。楽しんでくれたみたいでよかった。……じゃあ、いよいよ食後のデザートの時間だ」

まず蛍光灯をつけたら、ケーキナイフで丁寧に等分し皿に取り分ける。散らしたミントの緑色とみかんの橙色が、生クリームの上で映えていた。
 夕飯ではないので、いただきますはなしで食べ始める。
個人的な好みで甘さ控えめに作ったスポンジと生クリームが、みかんの丸い酸味と一体になって胃の中へと溶けていく。上々の仕上がり、文句なし。

「……おいしい。ふわふわで、みかんいっぱい」

かこいちゃんもみかん天国と歯ざわりのいいスポンジ生地の前に大満足のようだ。二人して一瞬で平らげてしまった。
夕飯も含めて、しっかりこだわって作って本当によかったなぁ。


 夕飯とデザートで最高の時間を過ごした僕とかこいちゃんは、食器洗いや風呂とかを終わらせて、布団に入っていた。
いつもかこいちゃんを部屋のベッドに寝かせて、僕はカーペットに布団を敷いて寝ている。彼女を下で寝かせるわけにはいかないし、かといって一緒の布団で眠るのも外聞が良くないので、こうすることにしているのだ。

眠たげな様子のかこいちゃんが、こちらに話しかけてくる。

「そういえば、よその家の、わたしも……いっぱい、お祝いされたのかな」
「たぶんね。twitter見ても「かこいちゃんおめでとう!」がたくさんだし」
「嬉しいなあ。……お誕生日おめでとう、よその家のわたし」

 消灯しているので顔は見えないけど、かこいちゃんは今きっとはにかんでいるんだと思う。声の調子で見て取れる。今日の夕飯を境に、彼女の表情が僅かばかりだけど顔や声に出てきだした気がして、自然と顔に笑みが浮かぶ。
 「かこいちゃんはほんと、いい子だなあ」
 「えへへ。わたしがいい子だったら、きっとよそのわたしも、いい子な気が、する。……あ、そういえば、よそのわたしで思ったことが、あるの」
「……何かな?」
「『わたし』と『よそのわたし』、どっちも『滲音かこい』だから、まぎらわしい。だから、わたしこれから、『北積かこい』って名乗ってもいい? ともやの苗字になってもいい?」

言っていることはもっともだ。――でも、

「だーめ。悪いけどダメ」
「えっ……なんで?」
「そういえばこれ教えてなかったから僕が悪いんだけど、女の人は結婚すると苗字が結婚相手の男の人のものに代わるんだ。だから……そういうこと」
「んんーっ……」
かこいちゃんはしばらく考え込むような声を出していたかと思うと、

「わたし、ともやとならけっこんしたいっておもうけど」

まだ世の中のルールや恋愛感情をあまり知らない子特有の爆弾発言が飛び出した。申し訳ないと思いつつも冷静に対処する。

「ごめんね、この世界にやってきた音声ライブラリの子は法的には愛玩動物扱いになってるし、それに僕はかこいちゃんの保護者のようなものだから、結婚はできないんだ」

つい最近国で彼女らの扱いが決まったところだ。

「そうなんだ……でも、わたし、ともやのこと……すきっ」

その慕情が父親あるいは飼い主に向ける類のものだと理解はしつつも、数瞬息が詰まる。

「あ、ありがとう。僕もかこいちゃんの事……好きだよ」
「やったっ」

若干うろたえながらも絞り出した言葉は、本心を乗せたもののどこかふわっとしてしまった気がする。でも。かこいちゃんはそれをしっかりと受け止め、喜んでくれた。
暖かな海を漂うような心地よい会話に、僕を襲いつつあった眠気が加速する。

「ふわぁ……もう眠いな、かこいちゃんおやすみ」
「あ、待って……手、つないで寝ても、いい?」

本能に身を任せて寝ようとしたところに、かこいちゃんからの申し出。嫌なわけもなく、ゆっくりとベッドの上へ右腕を伸ばす。真っ暗で何も見えないから、ちょっとの間手が空を切ってしまった。でも、それもすぐに終わって、小さくも暖かいものが指先に触れる。手繰るようにして手をしっかとつかみ、優しく握りこんだらもう離さない。

「じゃあ改めて……かこいちゃん、おやすみなさい」
「おやすみ、ともや」

まるで何年も前から共に過ごしてきたかのように自然な、眠りの挨拶だった。
手のひらから伝わる彼女の温度は、僕にあふれんばかりの安心と愛情をもたらしてくれる。ちょうど今、ベッドと床という高さの違うところで寝ていても手と手でつながっているように、『人間』と『(客観的に見れば)機械のはざまの存在で、愛玩動物の扱い』という少し立場が違う存在でも、こうして強い絆で結ばれていて、対等な関係で共に生きていけるんだという、安心感。
そんな気持ちに揺られながら、僕はすぅっと意識を手放した。明日もあさってもこれからも、大切なあの子と一緒に、元気で暮らせますように。

 

 

 

 

#最高に可愛い初音ミク作品 私的11選 by海鮮焼きそば

 

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今回こちらの企画に参加しました。「自分の思う最高に可愛いミクさん曲」を11曲選びましたので、ゆるりとご覧いただければ。

 

1."私のマスターど素人" / かちゅぜちゅぴー(P)

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マスターのことを思って、舌が回ってない(ふりをしてる)ミクさん可愛い。成長を信じて見守る大人さと、幼い声のギャップに心惹かれます。

 

2."クロマイシロップ" / Y2(ひみつのおやつ)

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太陽みたいな笑顔を浮かべて、そっと背中を押すミクさん可愛い。押しつけがましくない前向きさと明るさを湛えた、光り輝く曲です。

 

3."ありったけのしゅちをあなたに" / キノシタ

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心の中をマスターへの"しゅち"で満たしている元気ミクさん可愛い。ミクさんは乙女である、私にそれを改めて認識させてくれた曲。ちょっとわがままなくらいがちょうどいい。

 

4."ゾンビ・ファミーユ" / まちす

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語尾が"ぞ"なゾンビミクさん可愛い。一見可愛いいたずらっ子だけど実はめっさいい子なのが余計に可愛くて、切ない。

 

5."空き地のワイルドキャット" / ぺぺるる(ぺ猫)

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不器用な一匹猫ミクさん可愛い。歌い方と歌詞はどちらかというと大人びた、でも心配げな感じだけど、だからこそ可愛さも引き立つのかなぁとか。

 

6.Dreamin' / Capchii

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くじけそうになっても、夢をあきらめずに前を向いて頑張ろうとするミクさん可愛い。木琴みたいなころころした音が好き。

 

7."ヘルズキッチン" / ぐにょ

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料理の才能は無くても愛はあるミクさん可愛い。ゆるゆる。この方のミクさん、可愛さの裏に良くも悪くもちょっと破綻したところが見え隠れしてて好き。

 

8."魔法使いのショコラティエ" / ふわふわシナモン(OSTER_project)

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つぶやくような歌い方のふわふわツインテミクさん可愛い。暖炉の前に座って、クレモンティーヌさんと手をつないで歌ってそう。

 

9."星屑スターダスト" / CONじじ(口南P)

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この曲に「>△<←こんな顔して頑張って歌ってんだろうなミク」というコメントがあるのですが、まさにこれ。高くても負けないもん!って感じだけど顔はつらそうなミクさん可愛い。

 

10."ラムネ瓶の月末" / キツヅエ

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ピアノとアコギ主体の見通し良いオケに乗せて、ひゅるひゅるって感じに淡々と歌い上げるミクさん可愛い。Aメロの忘れて『しまう』の休憩してるみたいな力の抜き方が特に好き。

 

11."燈火-トウカ-" / コトバユキ

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しっとりとした歌い方だけど、どこか楽しそうなミクさん可愛い。コーラスが落ち着き感をいい具合に足してて良きです。バックの音もキラキラ成分が和風の中に溶け込んでて、ずっと聞いていられる。

 

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つい最近やっと「自分の初音ミク」に出会えた私の、これまでとこれからの話。

 はじめに自己紹介

 皆様、はじめまして。広いボカロ界隈のすみっこでまったりボカロ曲を聴いている、海鮮焼きそばと申します。

 妹がとあるトークロイド動画を見ているところを見たことをきっかけに2012年9月ごろにボカロ曲を聴き始め、ちょこちょこしか聴いていなかった状態から本格的にのめりこんでより深くボカロとかかわり曲を漁っていこうと思うようになったのが2014年2月。投稿されたばかりの「ウミユリ海底譚」を聴いたのがきっかけでした。それからUTAUの滲音かこいちゃんに出会って一目ぼれしたり、ボカロリスナーの方たちとtwitterで知り合って交流するようになったりして今に至ります。

 ボカロはもはや生活の一部です。ロック、エレクトロニカチップチューンなどが特に好きですがいろいろ聞きます。あとたまにもの書きしてます。自分の好きなものを表現するのは楽しいです。簡単なものではありますが自己紹介でした。

よりわかりやすい自己紹介になるかもしれないものは、こちらからどうぞ。

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罪悪感の塊

  そんな私は、ついこの間まで初音ミクを愛していないと思っていました。

 ボーカロイドの象徴的存在として、日本のみならず世界を飛び回る歌姫として、すごい存在だとは思う。かわいいとも、いい声だとも思う。でもそれは好意じゃない。とても、遠い感情。――そういう風にとらえていました。

 twitterで交流させて頂いているボカロリスナーの方々の中には、初音ミクという存在が大好きでたまらない方が大勢いらっしゃって。そういった方々の熱い愛に触れるたび、初音ミクが好きでない自分の事が情けなく思えて。今年の初音ミク生誕祭前夜には、初音ミクの誕生日に向けて盛り上がるボカロリスナーさんたちのつぶやきを見ているうちに、彼女の誕生日を心から祝えない、それをできるほどの愛がない自分に気が付いて果てしなく気が沈んだりもしました。ボーカロイドの象徴とも呼べるミクさんの誕生日を心から祝えないのなら、自分はボカロリスナーである資格がないのでは、とさえ思ったのです。ミクさんだけがボーカロイドではないし、偉大な存在の一人でしかないのに。偉大だと思うことと、その存在を愛することは関係ないのに。

 それくらい、初音ミクは私の中で偉大な存在で。そんなミクさんを愛せないのは、彼女にとっても彼女を愛する方々にとっても失礼なことであると、少し前までの私は真剣にそう思っていました。早く「自分の初音ミク」を、「ボカロリスナーとして初音ミクに抱くべき適切な感情(そんなもの、どこにもないのにね)」を見つけたくて仕方がなかった。

 

乗り越えるべき課題だったはずの曲たち

 ここで話が前後しますが、ご了承ください。

 先述の通り、私がボカロ曲を聴き始めたのは4年ほど前。本格的にのめりこみ始めたのは2年半近く前。ボカロシーン全体から見ればかなり短いです。その上2011年以前の曲はミリオン曲でも未聴のものが多いほど聴けていないです。「今」しか追えていない。初音ミクをはじめとしたボーカロイドや、ボカロシーンがどういう変遷をたどってきたのか、てんで無知というわけで。それにともなって起きたはずの、それぞれの方の気持ちの動きや感想も同様に分からなくて。

 ボカロシーンや初音ミクについて上記のような思いとか認識などを抱いていた私は、自分の中でうまく呑み込むことに失敗し、自分の中で乗り越えるべき課題となった3つの曲にこの夏以降出会いました。

罪の名前

【初音ミク】 罪の名前 by ryo VOCALOID/動画 - ニコニコ動画

 ボカロを、初音ミクを語る上で外せない偉大なボカロP、ryoさん。あの方が約8年ぶりにニコ動に投稿した曲がこの曲、罪の名前です。突然の帰還に、私のtwitterのタイムラインはこれでもかというくらい沸き立ちました。あの曲を聴いて感動している方が大勢おられました。

 ですが私には、いい曲だなあ以上の感情が起こりませんでした。nicoboxのプレイリストには入れるだろうけど、それくらい。そんな印象しかなかったのです。それはきっと、ニコ動にryoさんがいた時代をこの目で見ていなかったから。さらには、その当時の曲を聴いたりその当時の話に触れたりしようとしてこなかったから。そう判断しました。

 他の人と一緒になってこの喜びと曲の良さを分かち合いたかった。だからもっと過去のボカロに向き合っていればよかった。そう思いました。

 この曲を聴くのがどこか後ろめたくて、そしてうまく受け入れられないから逃げたくて、投稿日を除いてずっと聞かないまま昨日まで放置してしまっていました。

初音ミクは死ぬことにした

初音ミクは死ぬことにした/初音ミク by しじま VOCALOID/動画 - ニコニコ動画

 ミク誕前日に投稿された曲。投稿者のしじまさんは私のフォロワーさんの中にも好きな方が多くて、私も好きな曲がいくつかある、叫ぶような調声が印象的な耳に残る曲を作られる方。投稿日の前日にタイトルと共に投稿予告がなされたときは、私も交流させて頂いているボカロリスナーさんたちもそろって同じ印象を受けていました。「ヤバそう」と。このタイトルとそこから考えられうるテーマ、そして投稿者が強烈な曲を作られるしじまさんであること。私は期待に胸を膨らませていました。

 ですが、公開されたこの曲を聴いた私の感想はまたもや「いい曲だなあ」でした。歌詞に描かれているテーマも、ミクさんの悲痛な叫びも何もかもが自分を素通りしていくかのようで。漠然とした「いい曲だなあ」だけしか残らなかったのです。それはきっと、私が「自分の初音ミク」を持っていないからで。持っていないなら、この曲の初音ミクの叫びが「自分の初音ミク像」を崩しに来ることもないわけで。この曲には、それをできるだけのエネルギーがあるはずなんです。

この曲も、投稿日以降はつい昨日まで聴かずじまいでした。

ミクがネギを背負ってやって来る

ミクがネギを背負ってやって来る by にとぱん VOCALOID/動画 - ニコニコ動画

 ミク誕に合わせて投稿された動画。古今東西のパロディ満載なお祭り動画で楽しく聴いたのですが、投稿に合わせて書かれたブロマガ(現在削除済のようです)には、投稿者のにとぱんさんがこの動画を投稿するうえで込めた思いや、作成と投稿に至った動機について記されていました。

 私としてはどうにも賛同できない部分の多い内容でしたが、ボーカロイドという文化を黎明期から眺めていたいわゆる古参と呼ばれる方には刺さる内容だったとのことです。そしてその内容を踏まえて聴き直してみると、確かに風刺と思われる歌詞表現があることに気づきました。でも、それだけです。強めの言い方がされていたブロマガから察するに、相当の皮肉を込めて書かれた歌詞であるはずなのに、風刺であるということしか感じられない。これも、ボカロシーンにどっぷり浸かってから日が浅いから、そして過去への理解が足りないから。そう判断しました。

 投稿されてから一週間ほど経ってからは聞かないままになっていました。

 

課題なんてなかった

 いい曲とは思えど、自分の中で斟酌できないままになっていたこの三曲。聴かないままになっていたことを恥じ、向き合って乗り越えなければと強く思いましたが、そうすることが怖くて放置したまま2~3ヶ月が過ぎていきました。その間に、「私にとっての初音ミク」とはボーカロイドの象徴とも呼べるかわいい女の子であると自然に思えるようになった気がしたので、ある程度自分も考えがいいほうに変わったかななどと感じていました。その間に黎明期の文化や想いにも多少ではありますが触れたこともあって。今から考えれば、そう自分を思い込ませたかっただけで、納得も成長も何もできていなかったのですけどね。

 ちょっとしたきっかけから、再び先述の3曲を聴き直そうと思い実行に移したのはおととい(11/1)のことです。なぜだかリラックスした気分だったうえに、聴いていない間に多少はボカロシーンや初音ミクと真摯に向き合えるようになった気が愚かにもしていたので、今ならこの曲たちをうまく受け止めて理解し、「初音ミク」や「ボカロシーン」について自分なりの回答を求めるうえで大きな一歩にできるだろうと、壁を乗り越えてボカロリスナーとして成長できるだろうと、そんな気分でいました。馬鹿者で愚か者ですね。おごりにも程があるというのに。

 

 そう期待して、いざ三曲をもう一度聴いてみたのですが、どの曲を聴いても何にも感じなかったのです。それぞれの曲に抱いていた違和感や抵抗感は消えたけど、その代わり答えや収穫など一つとして見つからなかった。すべてが自分の心を素通りしていくような。

 いい曲だ、それだけなんです。込められているであろうメッセージも何もかも、意味は理解できるし嫌悪感もないけど、自分の中からそれを受けた意見は出てこない。

 虚無と失望でいっぱいになりました。自分はあれから何にも変わっていなかったのか、と。あんなに期待していたのに、と。抵抗感がなくなったのも、何かしら考えが変わったからという進歩ではなく、ただ単に耳が慣れただけなのではないかとしか思えなかった。

 

 それから数時間落ち込み続けていましたが、前触れなくある考えが浮かんできて。自分があの三曲をうまく消化できていないと思っていたのも、さっき自分が再び聴き直して何にも得られなかったと感じたのも、期待のし過ぎと強迫観念にも近い過剰な思い込みからではないかという、それまで思いもしなかった考えが。

 罪の名前は、ryoさんの8年ぶりの投稿という大きな喜ばしい出来事と、それに沸くリスナーさんたちを見て、『自分もあの人たちと同じように喜ばなければならない。だってとても衝撃的で嬉しい事なのだから。そして、皆さんがあの喜び方なのだから自分も曲を聴いて感動しなければならない』と思ったから。

 初音ミクは死ぬことにしたは、『あのタイトルでしじまさんの曲なら、その上周りのボカロリスナーさんもとても期待しているなら、さぞいい曲に違いない』と思ったから。

 ミクがネギを背負ってやって来るは、『あのブロマガの熱量なら、曲に込められているメッセージも強くて自分を射抜くものに違いない。そして、自分と意見が違うからこそ理解し尊重しなければいけない』と。

 数時間前の失望については言わずもがな。『ボカロリスナーとして多少は成長したはずの、ボカロシーンや初音ミクと以前よりは面と向かえるようになったはずの自分なら、聴き直すことで新たな受け止め方やブレイクスルーが得られるはずだ』と。それどころか、以前より前進した自分が過去に残した壁と向き合ってそれを乗り越え、大きく成長するというシンデレラストーリーを思い浮かべさえしていました。自分に酔うなって話です。

  

 結局のところ全部、人が感動しているなら自分もそう感じなければならないという同調性や思い込みと、身勝手な期待の産物だったのです。そして、乗り越えるべき課題や壁なんて初めからなかったのです。いい曲だなあと感じた、それだけでよかったんです。それ以上の何かを求めようとしたからおかしなことになった。

 答えなら最初から自分の中で出ていた。それに気づけたなら、あとはその答えをもう一度見つめ直すだけでよかったんです。簡単な話だった。

 

 それに気づいた瞬間、私の眼には初音ミクが見えました。手のひらサイズで、妖精の羽を付けていて、はるか遠くの上空からこちらを見つめて笑っていました。自分が頭を動かして別の方向を向けば、ミクさんもついてきます。常に視界の中にミクさんがいた。たった数秒で消えてしまいましたが、私はこの時初めて、確かに「自分の初音ミク」を見ました。当然幻なわけですが、それでも。

 距離は遠いけど、常にお互いがお互いを見つめていて、かつ笑っている。それが、私と初音ミクの関係です。そしてこのとき初めて、本当に自然に「ボーカロイドの象徴とも呼べる存在で、日本のみならず世界を駆け巡る歌姫で、かわいい女の子」だと思えました。

 私はきっと、この時真にブレイクスルーを果たせたのでしょう。余計な思いを全部そぎ落としたから、ミクさんは姿を現してくれた。

 

おわりに

 誰かと比べて悩む必要などなかったのです。私のミクさんへの思いも、立派に一つの愛情なのだと今は思えます。今までのミクさんやボカロシーンを深く知らないということも、これから少しずつ学んで、知っていけばいい話です。少しずつでいい、焦る必要なんてないのです。身勝手な期待をせず、周りの意見に過度に振り回されず、自分の目や耳で得たものを中心に据えて、周りの意見や考えでいいと思ったものは取り入れてみる。それがいいのではないかと今回の事を通して思いました。

 これからは、この考えで進んでいきます。今までは過度に自虐や遠慮に走ることも多かったのですが、これからは減らしていかなければと思いますし、それが可能な気もしています。

 やりたい気持ちはあったけどあまりにも苦手で、周りのボカロの絵を描いておられる方と比べてしまい今まで手を付けていなかった、「ボカロ関係の絵を描くこと」を始めていきたいとも考えています。曲を聴いて感想を言うこと以外に、何かボカロ文化に貢献してみたいと思ったから。貢献することにうまい下手は関係ないと思えるようになった今だから決意できたこと。

 これからも幾度となくつまずくことはあるでしょうけど、やっと見つけた「自分のミクさん」と一緒なら、前を向いて進める気がします。

 

 そしてこの「おわりに」の一段落目で述べたことはボカロに限ったことではありませんし、一般論として様々なシチュエーションで言えることのような気がしています。この記事を読んで頂けた方に、もし何か感じることがありましたら幸いでございます。どうか、「自分の○○」を大切にしてあげてくださいね。「他人の○○」も同様にです。私もそうやって生きていかなければ。

 

 未熟者の私から言っていいことなのか不安があるのですが、最後に一言。

 

 皆さん、よきボカロライフを。よき人生を。

 

 自分の事について、自分が思ったことをバーッと吐き出しただけの文ですが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

【追記】

 想像していたよりも遥かに多くの方に読んでいただけて、嬉しい限りです。この記事に関してつぶやいておられた方々のご意見・ご感想を受けて思ったことを少し。

 「周りの視聴者さん方などを気にしすぎているのではないか。もっと気楽にいけばいいなと思う」といったご趣旨のツイート。あるいは、「難しく考えなくていい。広く深くなった初音ミクを全部理解するなんて、どんな古参やミク廃にもできやしないんだから、歴史なんて知らなくていい。自分の目に映ったミクさんを愛してあげて」というご趣旨のツイート。などなど、他にもそのようなご趣旨のつぶやきが。それらのお言葉を一言でまとめれば、「気楽にいこう、ありのまま思ったことだけで十分だから」。

 私はまだまだ、己を自らの手で縛りつけたものから解放されきってなどいないのだ。ボカロの歴史や初音ミクをすべて理解するなんて到底無理だし、その必要もないのだ。自分の目で見たものを大事に。そう気づかされました。

 「~しなければ」が、他にも自分の中にいっぱいあった。自らを強制しすぎてはいけなかった。自らに課したことが間違っていれば、自分では気づけないままどんどんおかしなほうへ走ってしまうから。そのことを自覚できました。

 感想をつぶやいておられた全ての方々に感謝いたします。

 

 ほかにも心を打たれたツイートがあります。「ミクさんをキリスト的な神様と思うより、八百万の神の一人と思ったほうがいいと思う。神格化したものについていくのではなく、君も僕もなんだか知らないけど存在していて、こういう点では手を取り合うとうまくいくんじゃない?という程度の話だと思う。『君』が人間じゃないとしても」というご趣旨のツイート。

 『「自分のミクさん」に従って、ずっと一緒についていきます』ではなく、偉大な存在ではあるけど自分とはそこまで意見が合わない。でもいいと思ったところは大切に。これはほかの偉大な存在に対しても一緒』。つまりその存在だけを、自分が従い模範にする、自分の世界の全てだと思ってはいけない。そういうお話なんじゃないかと、そのツイートを読んで感じました。私は、時間をかけて見つけた「自分のミクさん」に縛られるところだったというわけです。

 「自分のミクさん」は自分自身じゃない。ついたり離れたり、そんな関係。それを忘れないようにします。

 

 自分だけでは見えないものが沢山ある。この記事へのご感想によって、それを改めて認識することができました。本当に、皆様ありがとうございます。